ルノワールの世界 > ルノワールと印象派 > 印象派と時代背景
当時は、官立美術学校の教授について官学風の教育を受けるか、官設展覧会に応募して入選する以外は、一人前の画家になる道は制度的に開かれて居ませんでした。
官設展覧会にはアカデミックな基準に基づいた審査があり、入選するためには、どうしてもアカデミーが定める訓練が必要となったわけです。
アカデミーの絵画教育理念は、ギリシャ・ローマの古代美術やルネサンス期の古典美術を理想とし、古代神話や聖書に取材した作品を最高のジャンルに位置づけていました。
また、写生自体は、アカデミックな基準から必ずしもはずれた行為ではありません。
ただし、伝統的な絵画制作では、そうした写生におけるスケッチは、アトリエの中で最終作品を完成するための習作の役目しか果たしていませんでした。
したがって、自然から与えられた第一印象をそのまま画面に定着することを大切にしたモネやルノワールの作品は、アカデミックな基準からははずれていると判断されざるを得なかったのです。